01 / キーコンセプト
遺伝子を、どう捉えているか
遺伝子は素地である
全ゲノムのデータを開くと、何万という多型が並びます。そのひとつひとつに意味を求めると、すぐに行き詰まります。
多型が決めているのは、多くの場合「結論」ではないように思います。ある酵素がどのくらいの速さで働くか、ある受容体がどのくらい応答しやすいか。それは各機能の、その人にとっての微調整のようなものです。
私はこれを、その人という物質基盤の取扱説明書を読む作業だと考えています。説明書には、この機械が何を得意とし、どこに負荷がかかりやすいかが書かれています。ひとつの機能の強弱が、直接その人の個性にひもづくわけではありません。
また、固定された設計図を読むことと、日々の履歴を読むことは違います。ここを分けるところから始めています。
点ではなく、経路で読む
多型をリストとして眺めても、意味は立ち上がってきません。
代謝は経路として動くものです。ある反応が遅くても、その手前に十分な余裕があれば詰まらずに済みます。逆に、単独では小さな低下でも、それが経路の律速に当たっていれば全体が滞ることになります。どこが律速なのかは、経路の中でしか見えてこないものです。
そのため解読の成果物は、多型の一覧ではなく経路の構造図ということになります。
ここで扱う経路は階層構造をなしています。下の層が上の層を支えます。
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MODIFIERS
修飾
ヒスタミン / セロトニン / ドーパミン
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BASES
基盤
グルタミン酸-GABA / ビオプテリン(BH4)
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OS
OS
メチル化(葉酸・SAM)
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FOUNDATION
土台
腸内環境 / ミトコンドリア / 酸化還元の均衡(グルタチオン)
下からじっくりと、積み上げるようにして見ていく。これが基本の読み方です。
土台に置いた三つは、それ自体が経路というより、経路が動くための条件です。腸内環境は材料が入ってくるところ。ミトコンドリアはそれを動かす力。酸化還元の均衡は、動いたあとに出るものを片づける仕組み。入れる、回す、片づける。上の層は、すべてこの三つの上に乗っています。
ここで扱う腸内環境は、概念ではなく構造のほうです。またこの四層の区分は、解読を進めるうえでの整理として、こちらで設けたものです。文献に定まった分類があるわけではありません。土台のうち、経路図の形になるのはグルタチオンだけで、資料の統合マップに土台として出てくるのもそれだけになります。
同じ経路に、環境も入力する
ここが、遺伝子だけを見ていては届きにくい領域です。
音、光、電磁波、情報。この四つは、それぞれ別の入口から入ってきます。光は網膜の特定の細胞から体内時計へ。音は聴覚の経路を通り、その一部は考える前に情動の中枢へ届きます。情報は、意味として受け取られたあとに、身体の感じ方そのものを書き換えます。
入口も速さも違います。それでも、神経系においては同じ一点に集まります——興奮と抑制のバランスです。
遺伝型はこの経路の素地を決め、環境はその経路への入力になります。どちらか一方だけでは、その人に何が起きているかは説明できません。
だから解読は、遺伝型を読んで終わりではありません。その素地が、どの入力に対して敏感なのか。 それを構造として見るところまでが一続きです。
個性は、外側にも実装されている
入力の話を、もう一段だけ外に広げます。
認知には、大きく二つの様式があります。速く自動的に走るものと、記号を並べて遅く考えるもの。ここでは前者をS1、後者をS2と呼びます。S1はモノアミンとその受容体が、S2はグルタミン酸と前頭前野の回路が担っています。ひとつ前の階層で言えば、修飾の層と基盤の層におおよそ対応します。
見落とされやすいのは、この二つが、身体の内側だけで完結していないということです。どちらにも、身体の外側に実装された部分があります。
S1 / INNER
速い認知の、内側
ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミン、アセチルコリン。それぞれの受容体と輸送体
S1 / OUTER
速い認知の、外側
儀礼と身体技法、習慣化された規範、宗教的なタブー、道徳、法。そして推薦アルゴリズムと、情動を駆動するメディア
S2 / INNER
遅い認知の、内側
グルタミン酸とGABA、前頭前野の作業記憶、海馬。そのバランスを保つ介在ニューロン
S2 / OUTER
遅い認知の、外側
文字と記録、数学や論理の形式体系、教育、知識ベース、そして生成AI
外側の装置は、内側に向かって働きかけます。儀礼や身体技法は、反復によって自律神経とモノアミンの基調をつくります。習慣化された規範、宗教的なタブー、道徳、法は、衝動を外から抑えます。他方で、推薦アルゴリズムや情動を駆動するメディアは、同じ報酬系を逆の向きに直撃します。抑える装置と煽る装置が、同じ内部実装に向いているということです。
S2の側では、文字と記録、数学や論理の形式体系、教育、知識ベースが外部記憶として働き、内側の容量を広げてきました。生成AIもこの列に加わります。ただしこれは足場にも肩代わりにもなるもので、委ねきってしまえば内側は使われないままになります。
ここから、この節の主旨が出てきます。私たちが「個性」と呼んでいるものの多くは、遺伝型だけで決まっているわけではありません。 同じ素地を持つ人が、型のある所作が日々に組み込まれた社会に置かれるのと、推薦アルゴリズムが常時走る環境に置かれるのとでは、現れ方が変わります。社会のインフラは、たとえではなく、その人の認知の一部として動いています。
ですから解読では、素地と、その素地が置かれている足場の両方を見ます。遺伝型を読んで終わりにしないのは、ひとつ前で述べた物理的な入力だけでなく、こちらの入力もあるからです。
認知を二つの様式で捉える見方は、認知科学で二重過程理論と呼ばれてきた枠組みに拠っています。認知の一部が身体の外側に実装されているという見方も、文字の獲得や累積的な文化進化についての既存の研究に沿ったもので、私の独自の主張ではありません。ただし、上の四つへの分け方そのものは、説明のためにこちらで整理したものです。
健康を、状態ではなく切り替えで捉える
解読を進めるとき、作業上の基準として置いている見方があります。
健康とは「どの状態にいるか」ではなく、「適切な状態に、適切なタイミングで移れるか」である。
集中しているとき、緩んでいるとき、考えが組み変わるとき。生体はこの三つを行き来しています。問題が起きるのは、たいていどれかに固着したときです。
覚醒が高いこと自体は悪くありません。それが解けないことが問題になります。鎮静も同じです。どの状態が良いかではなく、移れるかどうか。生体はこれを、神経を調節する物質の配分で解いています。
代謝経路を読むときも、同じ観点で見ています。ある経路が速いか遅いかではなく、必要なときに切り替わる余地があるか。
これは解読作業のための見方であり、医学における健康の定義に代わるものではありません。世界保健機関は健康を、病気でないことではなく身体的・精神的・社会的に良好な状態として定義しています。私が上に述べたのは、その状態にどう出入りするかという、別の軸の話です。
だから、診断しない
ここまでの五つは、別々のことを申し上げてきたようでいて、ひとつの帰結に向かっています。
遺伝型が決めているのは素地であって、結論ではありませんでした。その素地は経路の中でしか意味を持たず、どこが律速かは並べてみて初めて見えてくるものでした。経路には環境からの入力が重なり、さらにその人が置かれた社会の仕組みまでが、認知の一部として働いていました。そして見るべきは、どの状態にいるかではなく、移れるかどうかでした。
私が診断をしない理由は、三つあります。
ひとつめは、動かせない線があることです。私は医師ではありません。診断は医師にのみ認められた行為で、ここは越えられません。
ふたつめは、仮にその線がなかったとしても、ここまで辿ってきた道筋そのものが、遺伝型から個人の行き先を言い当てる形になっていないことです。層が重なるほど、ひとつの層だけで先を決める根拠は薄くなっていきます。「あなたは◯◯になりやすい」という一文は、この五つをまとめて一つの結論に押し込めてしまいます。
みっつめは、もう少し手前にあります。情報そのものが、身体への入力になるからです。
「あなたはこのリスクが高い」という一文は、受け取った人の身体感覚の予測を書き換えます。予測が変わると、同じ信号が違う意味を持ちはじめる。気の持ちようという話ではなく、経路として説明できる現象です。音や光と同じように、言葉もまた入口のひとつだということになります。
遺伝子の結果は、受け取る側にとって重い情報です。それを軽く扱えば、解読そのものが害になりえます。
ですので、私がお渡しできるのは、あなたのデータが何を、どういう構造で持っているかという事実と、その読み方までになります。そこから先をどう受け取るかは、あなたの領分であると考えています。健康上のご懸念があれば、解読の結果にかかわらず医療機関にご相談ください。